千葉地方裁判所 平成6年(ヨ)157号 決定 1994年8月16日
主文
一 債権者が債務者の理事の地位にあることを仮に定める。
二 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一 申立ての趣旨
主文同旨。
第二 事案の概要
一 当事者等
債務者組合は、千葉県鴨川市磯村八三番地の二に主たる事務所をおく漁業協同組合であり、債権者は、同組合の組合員であるとともに、平成四年九月一日から理事(任期三年)の地位にあつた者である。
債務者組合は、同六年三月一〇日、臨時総会を開催し(以下「本件総会」という。)、組合員代表一二名からの改選請求に基づいて理事の改選を行い、債務者組合の理事たる債権者を解任した(以下「本件解任」という。)。
二 主要な争点
本件解任が、水産漁業協同組合法(以下「水協法」という。)四二条二項但書記載の改選請求の理由に基づかないものとして無効となるか否かが争点である。
第三 当裁判所の判断
一 本件記録及び審尋の結果(争いのない事実を含む。)によれば、以下の事実が一応認められる。
1 本件解任に至る経緯
平成四年九月一日 債権者が債務者組合の理事に選任される。
九月二八日 債権者が、債務者組合の会計帳簿の閲覧を債務者組合に申請したが拒否されたため、右会計帳簿等の執行官保管及び閲覧謄写等を求める書類等占有解放等仮処分を千葉地方裁判所に申し立て、裁判所の仲介により右会計帳簿等を閲覧する。
五年七月九日 債権者が、債務者組合に対して平成四年分の会計帳簿の閲覧を申請したが拒否される。
九月二二日 債権者が、債務者組合に対して平成五年分の会計帳簿の閲覧を申請し、閲覧する。
一〇月二七日 債権者が、債務者組合の平成四年分の会計帳簿の閲覧を求めて、帳簿等閲覧仮処分を千葉地方裁判所に申し立てる。
六年三月七日 右申立に対し、債権者に会計帳簿の閲覧を認める決定がなされる。
三月一〇日 本件総会において、同年二月二二日付理事解任請求申立書(以下「本件解任請求申立書」という。)に基づき、債権者について改選決議がなされ、債権者は理事を解任される。
2 本件解任請求申立書に記載された改選請求の理由
<1> 忠実義務違反
債権者は、鴨川漁港利用調整事業(以下「本件事業」という。)に関する埋立許可について隣接組合に同意しないように働きかけたり、本件事業に反対する趣旨で千葉県知事に対して公開質問書を提出したが、右各行為は、機関決定した組合の対外的業務を阻害するもので、組合理事としての忠実義務を定めた水協法三七条一項に違反する。
<2> 定款違反
債権者は、平成四年九月以降、総会、総代会及び理事会の議事録に署名押印することを拒否しており、当該行為は定款三四条の二第四項に違反する。
<3> 会計帳簿閲覧・謄写に関する規程違反
債権者は、平成五年二月八日、会計帳簿閲覧・謄写に関する規程(以下「規程」という。)に基づいて債務者組合の会計帳簿を閲覧したが、右会計帳簿の内容を竹下律子外数十名に漏洩して第三者に流布しており、当該行為は規程一四条に違反する。
3 本件解任請求申立書に記載された事実の存否
<1> 前記2の<1>の事実
前記2の<1>の事実のうち、債権者が隣接組合に対して本件事業に反対するよう働きかけた事実については、右事実に沿つた申立外三浦忠雄の陳述書があるが、同人が右陳述書を撤回しようとした経緯について具体的に記載された債権者の陳述書があり、他に右事実を疎明する資料がないことから、右事実の存在についての疎明は不十分であり、右事実の存在を認めることはできない。
本件質問書については、平成五年一一月一二日付で、債権者が「鴨川の海を守る会」代表名義で、千葉県知事に提出したものである。
<2> 前記2の<2>の事実
債権者が、債務者組合の総会、総代会及び理事会の議事録に押印をしていないことは事実であるが、その状況及び押印していない理由として債権者が主張するところは、別表記載のとおりである。
債務者は、債権者の閲覧申請を拒否したことはなく、議事録の記載が不正確であることを債権者からいわれたことは一回のみである旨主張するが、債権者は、議事録の記載の不正確な箇所について具体的に摘示しており、また、正確な記載がなされていることを認める議事録についてはすべて押印していることから、押印しなかつた理由は、別表記載の債権者主張のとおりであると認められる。
<3> 前記2の<3>の事実
前記2の<3>の事実を疎明する資料はなく、右事実を認めることはできない。
二 以上認定した事実に基づいて、本件解任の効力について検討する。
1 忠実義務違反について
理事と組合との関係は委任関係であり、理事には、民法上の善管注意義務(民法六四四条)が課せられているが、さらに、水協法三七条一項は、「理事は、法令、法令に基づいてする行政庁の処分、定款、規約、共済規程、内国為替取引規程、信託業務規程及び総会の議決を遵守し、組合のために忠実にその職務を遂行しなければならない」として、理事の忠実義務を定めている。
この忠実義務は、善管注意義務を敷<漢字略>し、いつそう明確にしたにとどまり、通常の委任関係に伴う善管注意義務と別個の特別な義務を規定したものではないというべきである。
そして、善管注意義務と忠実義務の関係が右のようなもので、善管注意義務が委任事務の処理に関する義務である以上、忠実義務の対象となる行為は、理事がその職務として行う行為に限られると解するのが相当であり、このことは、水協法三七条一項が「忠実にその職務を遂行しなければならない」と規定していることからも明らかである。
債務者は、理事の言動の内容が理事として知り得た事項を利用したり、あるいは、その者が当該組合の地位にあることを知り、又は知り得る第三者に対し、明示的かつ積極的に組合業務に関する反対運動を展開するなどの行動にでたような場合には、当該言動が個人としての形式をとつたとしても、忠実義務の対象となると主張する。
しかし、右主張は、理事の職務行為以外にも忠実義務の対象を広げるものであつて水協法三七条一項の文言に反するだけでなく、対象範囲の限界が不明確で、理事の個人としての自由な言動を不当に侵害するおそれがあるため、採用することはできない。
そこで、債権者が本件質問書を千葉県知事に提出した行為が理事の職務として行つた行為にあたるかが問題となる。
債権者は「鴨川の海を守る会代表」の名義で本件質問書を提出しており、本件質問書の内容も債務者組合の理事の職務に関係するものとはいえず、したがつて、本件質問書を千葉県知事に提出する行為は理事の職務として行つた行為とはいえず、水協法三七条一項の忠実義務の対象とはならない。
なお、債務者は、忠実義務違反にあたる事実として、本件仮処分において、<1>債権者が本件質問書に債務者の信用を故意に傷つけるような虚偽の事実を記載したこと、<2>平成六年二月四日、債務者理事会において、全理事が天津漁業組合へ本件事業の協力を求めるため同組合の組合員に説明、お願いに行くという決議をしたが、債権者はこれに反対し、参加を拒否したこと、<3>債権者は、会計帳簿等を閲覧謄写した後記者会見をし、事実に基づかない疑惑発言をしたこと、<4>債権者は、会計帳簿を閲覧謄写した後申立外竹下律子及び同共進丸組合にその内容を漏洩し、千葉県知事への検査請求書の提出を働きかける等して、理事の職務遂行で知り得た事実を反対運動に利用したことを主張しているが、以下に述べる理由から、本件解任請求申立書に記載されていない理由を仮処分の段階において追加して主張することはできない。
理事と組合との関係は前述のように委任関係であるから、本来民法六五一条により、組合は理事をいつでも解任できるはずであるが、水協法四二条が理事の改選を総組合員の五分の一以上からの請求にかからしめ、総会の議決事項(水協法四八条、五〇条)として一般的に規定することをしていない以上、理事を解任するには水協法四二条の規定する手続及び要件によらなければならないと解される。
そして、同条二項但書が、改選請求は理事の全員について同時にしなければならないとする原則の例外として、「法令、法令に基づいてする行政庁の処分又は定款、規約、共済規程、内国為替取引規程若しくは信託業務規程の違反を理由として請求する場合」に理事の一部のみの改選請求を認めていることは、事由のいかんを問わず、いかなる場合にも一部の理事について改選を請求することができるとすると、組合の少数派組合員を代表する理事が多数派組合員により排除されるおそれがあることから、これを防止する趣旨であり、したがつて、同但書の定める改選請求の理由は限定列挙と解釈すべきである。
さらに、同条三項において改選請求の理由を記載した書面を提出することが要求され、同条五項において同条三項の書面が請求にかかる理事に送付され、総会において、当該理事に弁明の機会を与えることが要求されている。
このように、一部の理事を改選する場合について、改選請求の理由を限定し、手続上も理事に防御の機会を与えて適正な手続の保障を期している同条の趣旨からすれば、仮処分の段階において、改選請求の理由として記載されていない新たな理由の追加を認めることは、同条の趣旨を没却することになるといわざるをえない。
なお<4>の事実のうち、債務者が、会計帳簿の閲覧謄写後、その内容を竹下律子に漏洩したことについては、規程違反に該当する事実として本件解任請求申立書に記載されているが、水協法四二条三項で記載が求められている「改選の理由」とは、違反に該当する事実と当該事実が何に違反するのかの両方を含むと解され、同じ事実であつても何に違反しているのかによつて、当該理事の弁明も異なつてくることがある以上、事実関係が規程違反として本件解任請求申立書に記載されているからといつて、当該事実を忠実義務違反を基礎づける事実として仮処分の段階で主張することはできないというべきである。
2 定款違反
債務者組合の定款三四条の二第四項、四九条及び五八条において、理事会、総会及び総代会の議事録に理事が押印する旨定められているが、押印できない正当な理由がある場合には右各条項違反とはならないというべきである。
そこで、債権者が押印しなかつた理由が正当な理由にあたるかが問題となるが、右各条項に基づく押印は、各議事録が正確に記載されたことを確認する趣旨である以上、議事録が閲覧できない場合あるいは議事録の記載が正確でないと判断した場合は、押印しない正当な理由があるというべきである。
3 規程違反
前述のとおり、水協法四二条二項但書が限定列挙と解される以上、同項但書に挙げられていない規程違反は、理事の一部のみの改選請求の理由とはならないというべきである。
債務者は、規程は同項但書の「規約」に該当し、仮に該当しないとしても同項但書は例示であつて規程違反も含まれる旨主張するが、同項但書が限定列挙であること及び同項但書で挙げられているものは、法令及び法令に基づいてする行政庁の処分以外はすべて総会の議決を経たものであるのに対して、規程は理事会の議決を経たものにすぎない(しかも、債権者が平成四年九月二八日に会計帳簿の閲覧を申し立てた後に議決されたもである。)以上、債務者の右主張を採用することはできない。
4 結論
以上述べたとおり、本件解任請求申立書に記載された改選の理由はすべて認められず、本件総会における改選決議は水協法四二条二項但書の理由を欠いたもので同項但書に違反し無効であり、債権者は依然として債務者組合の理事の地位にあるから、被保全権利が存在する。
三 保全の必要性
1 任意的仮処分の妥当性
本件仮処分は、債権者に対して債務者組合における理事の地位を仮に定めるものであるところ、債務者は、仮処分命令は執行等の保全等を目的とするものであつて、これを本来的に予定しない仮処分は、命令手続と執行手続とが一体化している保全手続のもとでは許されないと主張する。
しかし、仮の地位を定める仮処分は、本案の訴えの様々な態様に応じて様々な態様の命令があり得るのであつて、本案で具体的な給付を求める請求ばかりでなく、その前提となる包括的な権利義務の確認又は形成を求める請求が認められる以上、これに対応する仮の地位を定める仮処分として包括的権利義務関係を定める内容の仮処分が存在することは否定できないというべきであり、このような仮処分を一律に許されないということはできない。
2 本件仮処分の必要性について
本件仮処分においては、通常の労働事件と異なり、賃金の支払のように他に具体的給付を求めることで被保全権利を充足することはできないこと、理事は組合内部においては組合の事務を執行する機関であつて、右職務を時機に応じて適切に遂行するには包括的地位を認めることが必要であること、及び帳簿閲覧は理事でなければできないものであるが(規程一条)、債権者が理事の地位に基づいて組合の運営状況をみるために帳簿閲覧請求をしたところ拒否されたため、仮処分決定を得て閲覧しようとしたところ、本件解任により閲覧できなかつたという経緯からすれば、債権者が理事の職務を果たし、債務者組合の適法、適切な運営を確保するためには、理事としての地位を保全する必要があるというべきである。
債務者は、保全の必要性は債権者の私的利益の保全の必要性のみから判断されるべきであると主張する。
確かに、仮の地位を定める仮処分においては、財産、名誉、信用等の損害が問題となり、公益的損害や債権者以外のものの損害は原則として保全の必要性の理由とはならない。
しかし、組合員は出資をし(水協法一九条)、議決権及び選挙権を有し(水協法二一条)、法令定款に従つた組合の運営を求める権利(水協法四二条)があり、本件の本案訴訟となる総会改選決議無効確認の訴え(水協法五一条、商法二五二条)も、組合員の右共益権の行使といえる以上、本件仮処分においても、組合の適法、適切な運営が害されるという組合自体の公益的損害も保全の必要性の理由として考慮されるべきである。
四 以上のとおり、債権者の本件申立は理由があるから債権者に保証をたてさせないで認容し、申立費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 浅野晴美)